「整備業も2024年問題で規制された」を、まず外す

残業の話になると「2024年問題で整備業も上限規制がかかったから、人がますます足りない」と語られることがあります。あなたが人繰りの判断をする前に、この一点だけは事実を確かめてください。ここがずれていると、打つ手まるごと見当違いになります。

5年間の猶予が2024年3月末で終わって、その時に新たに上限規制が適用されたのは、自動車運転業務・建設業・医師の三つです。自動車整備業はこの猶予の対象ではありませんでした。整備業には、原則の上限規制が中小企業向けに2020年4月からすでに効いています。つまり「2024年に新しく縛られた」のではなく、「数年前から同じルールが効いている」というのが正確なところです。

事実の整理

運送・物流の現場が上限規制の対象になったことで、ドライバーの取り合いが起き、その採用競争は整備の現場にも回ってきます。間接の影響はあります。ただし「整備業が新たに残業規制の対象になった」という言い方そのものは誤りです。あなたの店が向き合う相手は、新しい規制ではなく、すでに効いている原則のルールです。

誤解を外すと、やるべきことがはっきりします。新しい規制に身構えるのではなく、もう効いているルールを自店が守れているか確かめる。そのうえで、労働時間と人員のバランスをどう取るかを決める。順を追って見ていきます。

自店に効いている上限を、数字で正確に押さえる

判断の土台になる数字を、ここで一度きちんと押さえます。36協定(時間外労働の協定)を労使で結べば、残業の上限は原則として月45時間・年360時間まで。ここまでは多くの店が把握しています。問題は、繁忙期に「特別条項」を付けたときの枠です。

残業の枠上限根拠
原則(36協定)月45h・年360h労働基準法(中小は2020年4月適用)
特別条項つき・年年720時間まで厚生労働省
特別条項つき・単月100時間未満休日労働を含む
特別条項つき・複数月平均80時間以内2〜6か月平均・休日含む
月45時間を超えられる回数年6回まで特別条項の発動回数

数字は厚生労働省の働き方改革特設サイトによる。単月・複数月の上限は休日労働を含めて数える点に注意。

大事なのは罰則の重さです。この上限を超える協定はそもそも結べず、超えて働かせると6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金の対象になります。繁忙期に「特別条項があるから大丈夫」と思っていても、単月100時間や複数月平均80時間の線は休日出勤を足して数えるため、車検が集中する月に一人だけ超えていた、という形で線を越えやすいところです。あなたの店で先月いちばん残業の多かった一人を思い浮かべてください。その人の数字を台帳で確かめられますか。

残業を1時間減らす価値を、お金に直す

労働時間を減らすか人を増やすかは、感覚ではなくお金に直すと決めやすくなります。効いてくるのは、月60時間を超えた残業の割増率です。月60時間までの残業は割増25%ですが、60時間を超えた部分は割増50%に上がります。中小企業にも2023年4月1日から適用されています。深夜にかかればさらに上乗せされます。

仮に時給換算2,000円の整備士が、毎月70時間残業しているとします。60時間を超えた10時間は、通常の時給の1.5倍=1時間あたり3,000円。この10時間ぶんだけで月3万円、年に36万円です。慢性的に超過残業が続いている店では、この割増ぶんが採用1人ぶんの基本給に近い額になっていることがあります。残業を減らすのは「働き方をやさしくする」話に見えて、原資を残す話でもあります。

読み方

金額はあくまで枠組みを示すための試算です(時給2,000円・残業70時間の仮定)。自店の実際の時給単価と先月の残業時間を当てはめれば、割増50%の部分がいくら出ているか、その場で計算できます。ここが大きい店ほど、人を増やす前に残業の中身を削る余地があります。

逆に言えば、残業がほとんど45時間以内に収まり、割増50%の部分がほぼ出ていない店は、時間ではなく純粋に工数が足りていません。そういう店は、減らす余地が少なく「増やす」側で手を打つことになります。まず自店がどちらかを、この計算で見極めてください。

減らすか、人を増やすか ― 順番の決め方

ここがこの記事の中心です。労働時間と人員の調整は、減らすと増やすのどちらか一択ではなく、順番でつなぎます。先に押さえたいのは、採用ですぐには頭数が増えないという現実です。整備要員の有効求人倍率は令和6年度で5.28倍。全職種平均が1.25倍ですから、整備の現場は全職種の4倍以上、人を取り合っています。求人を出して来月そろう、という前提では人繰りが立ちません。

そこで順番はこうなります。減らせる残業を先に削り、それでも足りない工数を増やす側で埋める。残業には「減らせる残業」と「減らせない残業」があります。

先月の残業を、この二つにざっくり仕分けるところから始めます。手待ち由来が大きければ、入庫の予約間隔・部品の発注タイミング・作業の振り分けを直すのが先で、人を増やしても待ち時間が増えるだけです。入庫過多が本体なら、増やす側の三つを比べます。

増やす手向いている場面立ち上がりの早さ
採用(正社員)恒常的に工数が足りない遅い(5倍超の取り合い)
外注・応援繁忙期だけ波がある早い(固定費を抱えない)
設備・診断機器1台あたりの作業時間が長い中(教える時間が要る)

採用・外注・設備の優先順位は、自店の残業が「恒常的か」「季節の波か」「1台あたりが重いか」で変わる。

採用を後ろに置くのは、軽んじているからではありません。来月そろわない手だからこそ、すぐ効く手待ち削減を先にやり、外注で波を吸収しながら、採用は腰を据えて進める。頭数を増やす具体策は、記事末尾の関連記事にまとめています。

36協定と勤怠台帳を、来月までに点検する

判断の前提として、自店が今のルールを守れているかを確かめます。ここが抜けていると、減らす・増やすの議論の前に足元が崩れます。点検は三つだけです。

  1. 36協定を結んでいるか・中身が今の働き方に合っているか:協定がなければ1時間の残業も違法です。古い様式のまま実態とずれていないか、有効期限が切れていないかを確かめます。
  2. 特別条項の枠と発動回数:特別条項を付けているなら、年720時間・月45時間超は年6回までの枠に対し、先月までで何回使ったかを数えます。残り回数が少なければ、繁忙期の前に手待ちを削って温存します。
  3. 勤怠台帳で一人ずつ確かめる:先月の残業時間を一人ずつ見て、月45時間・月60時間・単月100時間の線に近い人を洗い出します。休日出勤を足して数えるのを忘れないでください。

三つとも、新しい制度ではなく、もう適用されているルールの確認です。守れていない長時間労働は、それ自体が辞める理由の上位でもあります。残業を減らす取り組みは、罰則を避けると同時に、人が抜けていく出口を塞ぐことにもつながります。

あなたの店が来月からできること

制度の整理で終わらせず、来月から動ける形にします。順番は本文のとおり、点検・仕分け・配分です。

今週やる:足元の点検
  • 36協定の有無と有効期限、特別条項の有無を書類で確認する
  • 先月の勤怠台帳を出し、残業の多い順に並べて月45時間・月60時間に近い人に印をつける
  • 印のついた人の残業に割増50%の部分が出ていれば、その金額を計算してみる
今月やる:残業の仕分け
  • 残業の多い人の一日を聞き取り、手待ち・段取り待ち由来か、入庫過多由来かを分ける
  • 手待ち由来が大きければ、入庫予約の間隔・部品発注のタイミング・作業の振り分けを一つ直す
  • 入庫過多由来が本体なら、外注・応援で吸収できる波か、恒常的に足りないかを見極める
今期やる:人員の配分
  • 恒常的に足りないぶんは採用へ、季節の波は外注へ、1台あたりが重い作業は設備へ振り分ける
  • 特別条項の残り回数を見ながら、繁忙期に枠を超えない人員計画を立てる

残業を減らす取り組みは、割増ぶんの人件費を手元に残し、長時間で人が抜けるのを防ぎます。規制に追われる後ろ向きの作業に見えて、店の体力をじかに守る一手です。誤解を外し、足元を点検し、減らせる残業から削る。この順番をそろえた店から、人手の薄い時代を持ちこたえられます。