応募が来ないのは、あなたの店だけの問題ではない
求人サイトに枠を出し、ハローワークにも出し、それでも一件も応募が来ない月がある。採れたと思った若手も、一年経たずに辞めていく。あなたの店の魅力や出し方の問題だと感じているなら、まず全体の数字を見てほしい。
整備要員の有効求人倍率は、令和5年度で約4.99倍。全職種の平均が1.17倍ですから、整備の現場は全職種の四倍以上、人を奪い合っています。厚生労働省の職業情報サイトでは令和6年度に5.45倍という値も出ており、求人を出す店の数に対して、応募できる人がまったく足りていません。
不足を感じているのも一部の店ではありません。国土交通省と日整連の調査では、「不足」「やや不足」と答えた事業者が合わせて約6割。そして整備要員の平均年齢は、自家用を除く全体で47.4歳(令和6年6月時点)。業態で見ると専業(いわゆる町の整備工場)は52.8歳、ディーラーは37.3歳と、規模の小さい店ほど高齢化が進んでいます。供給側も細っていて、整備の専門学校の入学者数はこの約20年でおよそ半分になりました。
つまり、応募が来ない状態は店の努力不足というより、業界全体で起きている人の細りです。他店と同じ求人の出し方をしている限り、他店に後れを取り続けます。
「整備士はやめとけ」を、数字で正面から見る
求職者が集まる場所で「整備士はやめとけ」という声を見たことがあるはずです。感情論で片づけず、辞めた人が何を理由に挙げたかを見ます。国土交通省が元整備士に行った調査では、辞めた理由の上位は「賃金の条件」「労働時間の条件」「休日・休暇の条件」でした(2015年・回答100人の調査のため、最新の構造そのものではなく傾向の参考として読んでください)。
では給料は本当に低いのか。ここは切り取り方で逆の結論になるので、二つに分けます。
| 見る角度 | 数字 | 出典 |
|---|---|---|
| 整備要員の平均年収(全業態) | 425.8万円 | 日整連・令和6年度 |
| うちディーラー | 509.4万円 | 日整連・令和6年度 |
| 従業員5〜9人規模の整備・修理従事者 | 403万円 | 国交省/厚労省・令和3年 |
| 同規模の全産業平均 | 389万円 | 国交省/厚労省・令和3年 |
年収は出典・対象年度・集計の母集団で値が変わります。記事中の数字は出典と年度をセットで読んでください。
年収だけ見れば、小規模の店でも整備・修理従事者は全産業の平均をむしろ上回っています。「整備は低賃金」という言い方は、ここだけ見れば当たりません。ところが、新卒の初任給と家族手当は全産業より低いと国土交通省も指摘しています。長く勤めれば年収は追いつくのに、入口の見え方で負けている。若い人が最初に比べるのは生涯年収ではなく、目の前の初任給と手当です。「やめとけ」の正体の一つは、この入口の弱さにあります。
求人の出し方より先に、辞めない店にする
採用がうまくいかない店は、つい募集の出し方ばかり変えます。採った人がすぐ辞める店では、いくら募集を広げても人数は埋まりません。国土交通省の試算では、整備要員の新卒の流入が年に約1.1千人なのに対し、離職は年に約3.8千人。流入よりも流出のほうがずっと大きいのです。
これがこの記事の中心です。応募が来ない問題の半分は、実は「辞めていく」問題でできています。打ち手は、入口と出口を一つの順番でつなぎます。
- 入口を直す:求人票の初任給と手当を、同じ規模の他店と並べて見劣りしていないか確かめる。資格手当や役職手当を金額で明記する。
- 出口を塞ぐ:入った人が一年で辞めない仕組みを作る。新人を放置しない、評価と昇給の理由を本人に伝える、休みが取れる体制にする。
- 原資を作る:賃上げの元手は、整備工賃の値づけから。安く請けた仕事のしわ寄せが人件費に回ると、入口も出口も直せません。
順番が大事です。原資のないまま入口だけ広げると、採った瞬間に無理が出ます。逆に出口を塞がないまま広告だけ打つと、辞めた分をまた広告で補い続けることになります。
国が示す「働きやすい職場」を、8名の店に落とす
「辞めない店にする」と言われても、何から手をつけるか。国土交通省は整備業向けに「働きやすい・働きがいのある職場づくりのガイドライン」を出していて、打ち手を四つの軸でまとめています。大企業向けの話に見えますが、8名規模でも形を小さくすれば使えます。
- 働き方・労働条件:休みの取りやすさ、安全衛生、女性が働ける更衣室やトイレの整備。出退勤の時間に幅を持たせる。
- 人間関係・伝え方:新人に年齢の近い先輩を一人つける(メンター)。今日の作業の進み具合を全員が見える形にする。
- 人材育成:社内で教える時間と、外部研修に出す機会を作る。新しい診断機器を入れて、技術が身につく実感を持たせる。
- 待遇:整備工賃を適正に値づけして賃上げの元手を確保する。資格手当・役職手当を金額で示す。
8名の店でいきなり全部はできません。効くのは「新人に先輩を一人つける」「資格手当を金額で書く」の二つです。どちらもお金がほとんどかからず、入口(求人票に手当が書ける)と出口(新人が放置されない)の両方に同時に効きます。なお、ここで挙げた打ち手は国が「望ましい取り組み」として示すものであり、「これをやれば必ず採れる」と効果が数字で実証されたものではありません。自店の状況に合わせて選んでください。
「2024年問題で残業が…」という誤解を外す
採用や人繰りの話で「2024年問題で残業が規制されたから、ますます人が足りない」と語られることがあります。ここは事実を正しておきます。
時間外労働の上限規制(いわゆる2024年問題)の直接の対象は、自動車運転業務・建設業・医師です。自動車整備業はこの特例の対象ではなく、原則の上限規制(月45時間・年360時間など)がすでに適用されています。「整備業が新たに残業規制の対象になった」というのは誤りです。
ただし無関係ではありません。トラックやバスの運転業務が上限規制の対象になったことで、運送・物流の現場が人手の奪い合いになり、その競争が整備の現場の採用にも回ってきます。整備業がやるべきは、新しい規制への身構えではなく、すでに適用されている原則のルール(残業や休日のルール)をきちんと守れる体制を作ることです。守れていない長時間労働は、それ自体が「辞める理由」の上位だからです。
あなたの店が来週からできること
大きな制度の話で終わらせず、月曜から動ける形にします。順番は前の章のとおり、入口・出口・原資です。
- 自店の求人票の初任給を、近隣の同規模店・ディーラーの求人と並べて見比べる
- 資格手当・役職手当を「いくら払うか」金額で書き直す(手当があっても書いていなければ無いのと同じ)
- 仕事内容に「何の車種・どんな整備を任せるか」を具体的に書き、入った後の姿が見えるようにする
- 直近で辞めた人がいれば、辞めた理由を賃金・時間・休日・人間関係のどれだったか書き出す
- 新人に先輩を一人決めてつける。最初の三か月は毎週短く面談する
- 休みが希望どおり取れているか、残業が原則のルールを超えていないかを台帳で確認する
- 整備工賃(レバーレート)を最後に見直したのはいつか確認し、原価と相場に合っているか点検する
- 安く請けている仕事を洗い出し、値づけを直して賃上げの元手を作る
採用は、募集を出す前から始まっています。辞めない店にして、入口の見え方を直し、その元手を値づけで作る。この順番をそろえた店から、採用の競争で先んじられます。