給与の付け方に正解はないが、辞める理由の一番は賃金

昇給の時期が来るたびに、誰をいくら上げるか、手が止まる。長くいる人を立てるべきか、資格を取った若手を引き上げるべきか。決め方の物差しが自分の頭の中にしかなく、本人に説明できない。あなたがそう感じているなら、まず辞めた人が何を理由に挙げたかを見てください。

国土交通省が元整備士に行った調査では、自動車整備業から転職した理由の上位は「賃金の条件がよくなかった」「労働時間の条件がよくなかった」「休日・休暇等の条件がよくなかった」でした。性別・年代・事業形態のどれで切っても、賃金の条件が上位に並びます(2015年・上位5つを選ぶ方式の調査のため、最新の構造そのものではなく傾向の参考として読んでください)。

ここで誤解しやすいのが、賃金が理由の一番だからといって、額がすべてではないという点です。民間整備工場の整備士の平均年収は389万円(日整連・令和6年度)。額を全国平均並みに払っていても、なぜその額なのか、どうすれば上がるのかが本人に伝わっていなければ、不満は残ります。給与の付け方の問題は、額そのものと、決め方が本人に見えないことの二つに分かれます。あなたが先に手をつけられるのは、後者です。

年功で積むか、資格と役割で組むか

給与の決め方には、大きく二つの考え方があります。勤続年数や年齢で積み上げる年功型と、担う仕事の重さや持っている技能で決める型です。中小の現場では、この二つを別物として選ぶより、土台に何を置くかで考えると整理できます。

決め方の軸上げる根拠小規模の店での向き不向き
年功(勤続・年齢)長く勤めた年数運用は楽。ただし技能や担当の重さとずれ、若手が上を見て辞めやすい
職能(持っている技能)資格・できる作業の幅整備士は国家資格の等級があり相性がよい。基準を作りやすい
役割(担う仕事の重さ)検査員・職長・後輩指導など誰が何を担うかが見えやすく、額の根拠を本人に伝えやすい

どれか一つに寄せる必要はありません。年功の土台に、資格(職能)と役割の軸を足す形が、8名規模では運用しやすい組み方です。

年功を全部やめると、長く支えてきた人の納得が得られません。逆に年功だけだと、2級を取った若手と、取っていない先輩の差がつかず、資格取得の意欲が下がります。土台に最低限の年功を残しつつ、資格と役割で差をつける。これなら、長く勤めた人も、技能を上げた若手も、両方に説明がつきます。

国家資格の等級を、給与の背骨に使う

給与の軸を一から作るのは大変に見えますが、整備士には既製の物差しがあります。国家資格の自動車整備士技能検定です。1級・2級・3級・特殊整備士の4区分に分かれ、2級は一般的な整備、1級はより高度な整備、特殊整備士は電気装置や車体など専門分野、と国が技能の段階を定めています。この等級を、自店の給与等級の背骨にそのまま使えます。

そのうえに、現場の役割を重ねます。同じ2級でも、車検の保安基準適合証を出す検査員を任せている人、後輩の面倒を見る職長は、担う重さが違います。資格の等級(できること)と役割(任せていること)を縦横に置くと、誰がどの位置で、いくらが妥当かが一枚で見えます。

大事なのは、あなたの頭の中にある「あいつは一人前」という感覚を、資格と役割という外から見える形に置き換えることです。感覚のままだと本人に説明できず、説明できない額は不満の元になります。

手当は「金額で書く」までやって意味が出る

資格手当や役職手当を「払っている」という店は多いのですが、就業規則や求人票に金額で書いていない店も同じくらいあります。本人から見ると、書いていない手当は無いのと同じに映ります。ここを金額で書くところまで決めます。

手当を金額で固定する3点

① 資格手当=2級いくら・1級いくら・特殊整備士いくら、と等級ごとに金額を明記する。② 役職手当=検査員・職長など役ごとに金額を決め、役に就いた月から付ける。③ どちらも就業規則か賃金表に書き、口約束で運用しない。手当の有無と額が、求人票に書ける材料にもなります。

金額をいくらにするかに、全国一律の相場として公的に裏づけられた数字はありません。自店の基本給の水準、近隣の同規模店やディーラーの求人に出ている初任給・手当、整備工賃で確保できる原資、この三つから自店として決める額です。相場を探すより、自店の数字で決めて、それを金額で書いて誰が見ても同じになる状態を作るほうが先です。

原資の話は避けて通れません。手当を厚くするには元手が要り、その元手は整備工賃の値づけから出ます。安く請けた仕事のしわ寄せが人件費に回ると、手当を上げる余地がなくなります。給与を組み直すなら、同じ時期に工賃の値づけも点検してください。

評価は、結果より「伝え方」で効く

「評価制度を入れると、かえって不満が出るのでは」という心配をよく耳にします。従業員5〜20人規模で人事評価制度を持つ会社は35.0%にとどまり(中小企業庁)、規模が小さいほど割合は低くなります。仕組みが無いのが普通の世界です。だからこそ、立派な制度より、伝え方を先に整えるほうが効きます。

不満が出るのは、評価の結果だけを伝えて理由を伝えないときです。逆に、何を見て評価し、それが昇給や手当にどうつながるかを先に渡しておけば、本人は次に何を身につければよいか分かります。あなたの店の規模なら、分厚い評価シートは要りません。年に一度の面談で、次の三つを口頭でも伝えれば足ります。

  1. できている点:今の等級・役割で、何が一人前に達しているか。
  2. 次に上げてほしい点:次の等級や役に進むために、あと何が要るか。資格なら受検の時期まで一緒に決める。
  3. 給与への効き方:それができたら基本給か手当がいくら動くか。上がり方を数字で見せる。

評価の物差し(資格と役割)を先に作っておくと、この面談が「印象を伝える場」から「次の目標を決める場」に変わります。本人が自分で上がり方をたどれるようになれば、賃金の不満は減ります。

A4一枚から始める賃金表の作り方

制度というと身構えますが、最初の一歩はA4一枚です。月曜から動ける順に並べます。

今週やる:今の決め方を書き出す
  • 今いる整備士全員を、保有資格(3級/2級/1級・特殊整備士)と現在の役割(検査員・職長など)で一覧にする
  • 一人ひとりの今の基本給と手当を横に並べ、資格・役割と額が逆転していないか見る
  • 逆転(下の等級のほうが高い等)があれば、なぜそうなったかを書き留める
今月やる:等級と手当の表を作る
  • 資格の等級ごとに基本給の段階を決める。3級から2級、2級から1級・特殊整備士で上がる幅を金額で置く
  • 検査員・職長など役割ごとの手当を金額で決め、就業規則か賃金表に書く
  • 近隣の同規模店・ディーラーの求人に出ている初任給・手当と並べ、入口で見劣りしていないか確かめる
今期やる:面談と原資を整える
  • 年に一度、本人にできている点・次に上げてほしい点・給与への効き方を伝える場を作る
  • 整備工賃の値づけを点検し、手当を上げる元手を確保する

給与の決め方を変えるのは、額を大きく上げることではありません。あなたの頭の中にある物差しを、資格と役割という外から見える形にして、本人に渡す。これだけで、辞める理由の一番だった賃金の不満は、ずいぶん下げられます。