採っても辞めるのは、あなたの店だけではない
苦労して採った若手が、一年経たずに辞めていく。育てた手間も、覚えてもらった顧客対応も、また振り出しに戻る。あなたの教え方や店の居心地の問題だと感じているなら、まず全体の数字を見てください。若手が辞めやすいのは、業界に共通した形として表れています。
整備士という仕事に限らず、若い人は最初の数年でよく動きます。厚生労働省の調査では、新卒で就職した人の3年以内の離職率は、令和4年3月卒で高卒37.9%・大卒33.8%。三人に一人以上が三年で辞めています。整備の現場はもともと人が足りず、整備要員の平均年齢は47.4歳(日整連・令和6年度)と高齢化が進んでいます。採れた若手が辞めると、その穴は前より重く効きます。
辞めた理由も、店ごとにばらばらではありません。国土交通省が元整備士に聞いた調査では、上位は賃金・労働時間・休日の条件でした。つまり「うちの若手が我慢弱い」のではなく、同じところで多くの若手がつまずいています。だとすれば、つまずく場所をあらかじめ直しておけます。
辞める山は「最初の一年」に来る
「いつ辞めるか」を間違えると、打ち手の置き場所もずれます。3年離職率という一つの数字を、年ごとに割って見てください。同じ厚生労働省のデータで、内訳はこうなっています。
| 辞めた時期 | 高卒 | 大卒 |
|---|---|---|
| 1年目(入った最初の年) | 17.9% | 12.1% |
| 2年目 | 11.5% | 11.9% |
| 3年目 | 8.5% | 9.9% |
| 3年計 | 37.9% | 33.8% |
厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒)」より。整備業だけを切り出した数字ではなく、全産業の新卒の傾向です。
高卒では、3年で辞める37.9%のうち、ほぼ半分が1年目に出ています。年を追うごとに辞める割合は下がります。最初の一年を越えられた人ほど、その後は腰を据えて残るということです。あなたの店でも、入って数か月の新人がいちばん揺れているはずです。
定着の打ち手は、勤続五年、十年の人に向けるより、入って一年の人に集中させたほうが効きます。最初の数か月で「この店なら続けられそうだ」と思わせられるかどうかで、辞める山を越えるか手前で落ちるかが決まります。
小さい店ほど辞める、を逆手に取る
「うちは小さい店だから、辞められても仕方ない」と感じているかもしれません。規模が小さいほど辞めやすいのは、数字でもそのとおりです。同じ調査を事業所の規模で割ると、こうなります。
| 事業所の規模 | 高卒3年離職率 | 大卒3年離職率 |
|---|---|---|
| 5人未満 | 63.2% | 57.5% |
| 5〜29人 | 54.6% | 52.0% |
| 1,000人以上 | 26.3% | 27.0% |
厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒)」事業所規模別より。
5人未満の店では、新卒の高卒が三年で6割超、大卒も6割近く辞めています。1,000人以上の大企業のおよそ倍です。整備工場や小さな自動車店の多くがこの規模で、辞めやすさの逆風を最初から受けています。
ただし、ここで止まらないでください。規模が小さいことは、定着では弱みであると同時に武器にもなります。大企業は新人と社長の間に何階層もありますが、あなたの店は社長が新人の顔と名前と、今日どの作業でつまずいたかまで分かります。先輩を一人つける、評価の理由を口で伝えるといった打ち手は、層が薄いぶん早く本人に届きます。逆風の数字を、距離の近さで押し返すということです。
入って三か月で先輩を一人つける
最初の一年で辞めさせない、と決めたら、最初に置く打ち手は一つに絞れます。新人に、年齢の近い先輩を一人つけることです。国土交通省も、若手が人間関係の困りごとを相談できる相手をつくる仕組み(メンター制)を、整備業の職場づくりで実施が求められる取り組みとして挙げています。
新人がいちばんつらいのは、分からないことを誰に聞けばいいか分からない時間です。手が空いていそうな人を探し、忙しそうで聞けず、自己流で進めて怒られる。これが続くと、技術以前に居場所がないと感じて辞めます。相談相手が決まっているだけで、この消耗が消えます。やることは難しくありません。
- 今いる中で、新人と年齢の近い先輩を一人、担当として決めて本人に伝える(「困ったらまず○○さんに」と新人にも言う)。
- 最初の三か月は、週に一度、五分でいいので「困っていることはないか」を先輩か社長が直接聞く時間をつくる。
- 聞いた内容は、賃金・時間・休日・人間関係のどれに当たるかでメモしておく。後で辞める理由を読むときの材料になります。
お金はほとんどかかりません。かかるのは、先輩の手を少し止めて新人を見る時間だけです。その時間を惜しんで一年で辞められ、また採用からやり直すほうが、店にとってはるかに高くつきます。
評価と休みは、お金をかけずに今週から直せる
辞めた理由の上位は賃金・労働時間・休日でした。このうち賃金は、原資がなければ一度に上げられません。先に動かせるのは残りの二つと、もう一つ「評価が伝わっているか」です。
評価の理由を、本人に口で伝える
若手は、給料の額そのものより「自分が何をどう見られているか分からない」ことで気持ちが離れます。半年に一度でいいので、何ができるようになったか、次に何を任せたいか、なぜ今の手当・昇給がこの額なのかを、本人に直接伝えてください。評価制度の表をつくる前でも、口で伝えるだけで「見てもらえている」という手応えは渡せます。
休みと残業を、台帳で守る
整備業は、時間外労働の上限規制で新たに対象が増えたわけではなく、原則のルール(月45時間・年360時間など)がすでに適用されています。問題は、それが守られているかを誰も数えていない店が多いことです。希望どおり休めているか、残業が原則のルールを超えていないかを台帳で確認するだけで、辞める理由の上位二つに正面から効きます。
賃金を上げるには元手がいります。元手は整備工賃の値づけ(レバーレート)から作るのが筋で、安く請けた仕事のしわ寄せが人件費に回ると、評価も休みも直せなくなります。工賃の見直しは別のテーマとして扱います。この回では、お金をかけずに今すぐ動かせる「先輩・評価・休み」に集中してください。
国のガイドラインを、8名の店に落とす
「辞めない店にする」ための打ち手を、国がまとめて出しています。国土交通省の「働きやすい・働きがいのある職場づくりに向けたガイドライン」です。令和7年6月の改訂で、各取組例に難易度と対象規模のタグがつき、自己採点表も加わりました。大企業向けの理想論ではなく、小さな店が自分の身の丈で選べる作りになっています。打ち手は次の四つの軸で整理されています。
- 労働時間・休日:休みの取りやすさ、残業の管理、出退勤の時間に幅を持たせる。
- 賃金・評価:資格手当・役職手当を金額で示す、評価と昇給の理由を本人に伝える。
- 人材育成・キャリアパス:社内で教える時間と外部研修の機会、新しい診断機器で技術が身につく実感を持たせる。
- 職場環境・人間関係:新人に先輩を一人つける、女性が働ける更衣室やトイレを整える。
8名規模で四つ全部を一度には動かせません。先に手をつけて効くのは、ここまで挙げた「先輩を一人つける」「評価の理由を口で伝える」「休みと残業を台帳で守る」の三つです。どれもお金がほとんどかからず、最初の一年に直接効きます。なお、ガイドラインの取り組みは国が望ましいと示すものであり、「やれば必ず辞めなくなる」と効果が数字で実証されたものではありません。自店の状況に合わせて選んでください。
あなたの店が来週からできること
大きな制度の話で終わらせず、月曜から動ける形にします。順番は、最初の一年に効くものから先です。
- 今いる一番若い人に、年齢の近い先輩を一人、担当として決めて本人に伝える
- その新人と週に一度、五分でいいので「困っていることはないか」を直接聞く時間を決める
- 直近で辞めた人がいれば、辞めた理由を賃金・時間・休日・人間関係のどれだったか書き出す
- 若手一人ずつに、何ができるようになったか・次に何を任せたいかを口で伝える場を一度つくる
- 資格手当・役職手当を「いくら払うか」金額で書き、本人に見える形にする
- 休みが希望どおり取れているか、残業が原則のルール(月45時間・年360時間など)を超えていないかを台帳で確認する
- 整備工賃(レバーレート)を最後に見直したのはいつか確認し、原価と相場に合っているか点検する
- 国土交通省のガイドライン自己採点表で、自店が四つの軸のどこに弱いかを採点する
採った若手を辞めさせないことは、次の採用を一回ぶん減らすことと同じです。最初の一年に先輩をつけ、評価を伝え、休みを守る。この順番をそろえた店から、人が残るようになります。